名工大 D38 同窓会

名工大 D38 同窓会のホームページは、卒業後50年目の同窓会を記念して作成しました。

 管理者     
前田・宮口・三山
ブログ

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展の「ひまわり」について 、鈴木直久

11月17日に大阪国際美術館でこの展覧会を見ました。新型コロナの感染対策のために、入場日時を指定したチケットをあらかじめ購入するという珍しい方式でしたが、その代わり混雑が避けられて、ゆっくり見ることができました。61点の出展作品がすべて初来日です。

そのなかで格別に思い出深い、ゴッホの「ひまわり」について書いてみたいと思います。

古い話で恐縮ですが、1986年にこの美術館(RNG)を訪れることができました。というのは、ヨーロッパ出張旅行の最終日にロンドン駐在員事務所に顔を出すことにしていたのですが、当日の朝、駐在員からホテルに、急用のため大陸に出張しなければならないとキャンセルの電話が入りました。その結果1日の自由時間ができたので、美術館訪に行くことを思い付いたのです。

信じがたいようなことですが、(当時も現在も)入場無料であり、快適なレストランでランチを安く食べることができました。

ただし、事前調査をしていなかったので何も分からず、イタリアルネサンスの部屋から順番に見ながら進みました。するとある部屋に入るやいなや眩しいばかりの衝撃を受けたのです。それがゴッホの黄色の「ひまわり」から発するものでした。照明にも配慮が行き届いていたのでしょうし、また多くの絵画を眺め続けて疲れ気味だったから尚更でしょう。本当に驚きました。

しかも同じ構図でほとんど同じ大きさ(と思った)作品が2点あるではありませんか。それらは同じゴッホの他の1点の作品「糸杉のある麦畑(F615)」によって隔てられていましたが、それも似た大きさの立派な作品です。麦畑は刈り入れ間近の黄色で覆われていますから、3点ともに黄色を基調としています。今思うに、中央の「糸杉のある麦畑」の遠景の山と空だけに清々しい青色が塗られていて、黄色基調の3点の画面全体を引き締めています。実に魅力的な配置でした。

ご参考のため上記3点のコピーを添付します。ただし、残念ながら横に並べることができませんでしたし、縮尺を揃えることもできませんでした。2点の「ひまわり」の色調の違いは主として情報源が異なるためだと思います。

RNGの「ひまわり(F454)」

RNGの「糸杉のある麦畑(F615)」

SOMPO美術館の「ひまわり(F457)」

ところで2点の「ひまわり」ですが、この展覧会を特集した芸術新潮の今年の4月号には、この美術館のゴッホのコーナーの写真がありますが、左から右の順に、「ファン・ゴッホの椅子(F498)」、「サンポールの病院の庭の草地(F672)」、「ひまわり(F454)」の順に並んでいます。ですから、当時私が見たときも「ひまわり(F454)」は左側にあったのだろうと勝手に想像しています。

ただし、F672と有名なF498を見たという記憶が全くありません。「ひまわり」に余程気を取られていたからだろうと思います。

ところが、私が見た翌年の1987年に、当時の安田火災海上(現・損保ジャパン)が、個人が所蔵していたもう1点のほう(F457)をオークションで、53億円で落札して購入し、大きな話題となりました。

それは現在ではRNG所蔵品のゴッホ本人によるコピーであると断定されていますから,似ているのは当然です。

現在SOMPO美術館で常設展示されていますからご覧になった方は多いことでしょう。また、RNGが所蔵する作品をこの展覧会(東京か大阪)でご覧になった方もいらっしゃるでしょう。

今回の展覧会で「ひまわり」は最後の部屋にこれ1点のみが展示されています。日本で非常に人気が高い画家の代表作にふさわしい位置付けですが、RNGでも状況は同じようで、最も人気があるのはゴッホだと説明されていました。

私も東京勤務時代に前者を何度か見ましたし、今回後者を36年ぶりに見ることができて満足しています。

もしもSOMPO美術館の「ひまわり」が大阪に運ばれて並べて展示されていれば、両者を詳しく比較してそれらの違いと魅力を一層深く理解することができただろうと思いますが、他の作品を含めて全てが初出展だというこの展覧会の売りとRNGのプライドとが、それを許さなかったのではないかと思います。

以上

祝叙勲、瑞寶中綬章、平岡節郎名工大名誉教授へ

D38同窓生の諸君へ

平岡氏への叙勲を記録するために、氏の諸君への御礼メールを記念としてアップロードしました。

                                        管理人

***************************************

Ⅾ38同窓生の皆様

この度の叙勲受章に際し同窓生多数の方々からお祝いのメールを頂き有難う御座いました。再度御礼申し上げます。

今年はコロナ禍で皇居での伝達式が中止となったため勲章と証書は大学を通して受領することになりました。先般、大学の事務局から授与されてやっと受章したんだなという気持ちになりました。
これも同級生の皆様からの継続的な励ましを頂いてきながら、名工大化工研一筋に頑張ってきたご褒美と受け止めております。
改めて皆様に御礼申し上げます。

参考までに勲章と証書の写真を添付致しました。ご覧いただければ
幸いです。

先ずは再度御礼申し上げます。

平岡節郎

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、鈴木直久

今年1月13日に投稿しましたメンデルゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴き直そうとして添付ししたたURLをクリックしましたら、「動画を再生できません」と表示されました。

しかし、検索し直しますとyoutubeには存在し再生できました。

原因はわたしには理解できませんが、この演奏は素晴らしいものですから、繰り返し再生しようとする人が現れるかもしれません。そこで、投稿原稿に添付したURLを再生できることを今日確認したURLと置き替えていただけないでしょうか。

ただし、急ぐことでは全くありませんので、ついでのときで結構です。

お手数おかけし恐縮ですがよろしくお願いします。

 

 

鈴木直久

奥日光慕情写真、山本信夫

Go To なんとかで、東京除外が解除されたのを機会に奥日光を訪れた。当日、天気は小雨のち曇りであったので主目的の男体山登山は5合目で打ち切り、奥日光観光に転換。当地では処々において大型バスで修学旅行と思われるマスク集団と遭遇。今回の費用は現地クーポンを含め、ほぼ半額ですみ、よって大変心豊かなトラベルとなった。

1 湯の滝

2 竜頭ヶ滝

3 華厳の滝

4 湯ノ湖

5 真っ赤でない淡い紅葉

植物と芸術表現とのかかわり~ざくろ~ 、山本 雅晴

お知らせ

インターネットエクスプローラー Ver11からPDFファイルが表示できない事象が生じています。Google ソフトが使われているタブレットやスマホは、以前の様に表示されています。原因、追究中です。本日、新しいプログラムを追加したら表示できるようになりました。しかし、競合等で何か不都合が起こった場合はご連絡ください。(2020/10/05   管理人)

**************************************************

世界に広く分布し、芸術作品に取り上げられている花や果実の一つに“ざくろ”がある。あまりおなじみではないかもしれないが、昨秋シルクロードの旅で西安の近郊の「兵馬俑坑博物館」を訪ねた時にたまたま“ざくろ”の果実の季節に遭遇したのか、立ち並ぶ多くの露店で果実やジュースを売っていた。また、最近購入した小林頼子女史の「花と果実の美術館」という本の中に40点くらい取り上げられた中にも掲載されていた。しかし、“ざくろ”は果実としての見映えや魅惑的な味はしないし、際立った薬効も認められていないので世界の各地で生産されているが生産量の統計も見当たらないような地味な存在である。

このような日陰者だが“ざくろ”に関し美術・工芸・文学作品について手持ちの資料やPCで多少調べてまとめてみた。

1.“ざくろ“の原産地と伝播:「ウィキペディア」の”ざくろ“を要約

ざくろは「ミソハギ科ザクロ属の落葉小高木、また、その果実の」こと。庭木用などの鑑賞用に栽培されるほか、食用になる。 日本に輸入されて店頭に並ぶのはイラン産やカリフォルニア州産が多く、日本産の果実よりは大きい。原産地は西南アジアや中東といわれているがトルコあるいはイランから北インドのヒマラヤ山地、南ヨーロッパおよびカルタゴなど北アフリカという説などがある。世界各地で栽培されておりトルコから中東にかけて特にポピュラーである。病虫害に強いので栽培しやすいと思われる。

伝播:新王国時代(紀元前1550年頃)にエジプトに伝わり、ギリシャ時代にはヨーロッパに広く伝わった。東方への伝来は3世紀ごろ中国に、日本には923年に中国から伝来したといわれている。

2.“ざくろ”の特徴と人間との関わり

1)鑑賞用:日本では花木として庭木・盆栽など鑑賞用に栽培されることが多い。世界的に見ても熟した果実に多数の赤い種子が入っていることから、子孫繁栄、子宝のシンボルとされる。このことと結び付けて絵画や彫刻の題材とされる。

2)食用:可食部は皮と種子を除いた種衣の部分で生食される。果汁をジュースとしたり清涼飲料水のグレナディンの原料としたり、料理などに用いられる。中東、北インド、メキシコなどでは、果肉の粒を煮込み料理やデザート、料理の飾りつけに用いる。

3)薬用:樹皮・根皮は駆虫薬として用いられている。薬用としてあまり有効性は認められていない。

3.“ざくろ”の芸術・神話・宗教など文化との関わり:別表に主な作品を年代順にまとめて表示

スペインのグラナダという都市は周辺にザクロの木が多くあったからつけられたと「ブリタニカ国際大百科事典」にも書かれている。ここには2007年の4月下旬に訪れたがザクロの木を見たという認識はない。スペイン語でグラナダは「ざくろ」を意味する。市の紋章にも記されている。図②

  • 文学:中国の宋時代の政治家・詩人の王安石(1021~1086)は「万緑叢中紅一点」と詩に詠んだ。この言葉が「紅一点」の由来。漢詩などに詠われているかもしれないが調査してない。
  • 美術:絵画や工芸作品などで“ざくろ”が表現されているものを、分かる範囲で列挙した。古代エジプトやギリシャなど早く伝播した文明国にもっと古い作品があると思われるが調査してない。
    • ポンペイ遺跡のフレスコ画、1世紀頃の静物画のなかに描かれていた。図①
    • 日本の仏像彫刻「謌梨帝母倚像」図④は鎌倉時代(13世紀)。手にざくろを持つ鬼子母神で、西洋の手にザクロザクロを持つ絵画の「聖母子」図⑥との偶然の類似性が指摘されている。ザクロを持つ聖母子の絵画はボッティチェリが有名だが、フィリッポ・リッピが描いた「聖母子と聖アンナの生涯」の聖母子のいきいきとした表情と子が右手の指にもザクロの種衣を持つ繊細な描写が好きである。フィリッポ・リッピは不埒な画僧で美人の修道女に惚れモデルにし描いている。その後駆け落ちし子供をもうけ、それが後の画家フィリッピーノ・リッピである。
    • 陶磁器には表の8aの中国・景徳鎮製の磁器の大皿(15世紀初め)、これを参考にした?イラン製の陶磁器表の8、図⑧がある。表の15、図⑮はいかにも瀟洒な鍋島焼という7寸皿。
    • 表の9,10,11、図⑩にカラヴァッジョの絵画に描かれたざくろである。カラヴァッジョ(1571~1610)はミラノ近辺の出身で、ローマに出てくる前の十代に画家に弟子入りし当時ミラノ周辺で盛んとなっていた静物画を習得した。ローマでの工房にも雇われ得意の静物画も初期作品に披露したものと思われる。絵画の才能が認められ聖堂の大壁画や貴族からの注文が殺到したが、殺人事件まで犯す無頼漢で天才画家はローマを追われ南イタリアやマルタ島を彷徨ってローマに帰る途中に38歳で病死した。ざくろの赤い実はいかにもカラヴァッジョ的で、ザクロから派生した「Grenade/榴弾」はあたかも自爆したカラヴァジョの人生の象徴のようである。
    • ガブリエル・ロセッティの表の17、図⑰の「プロセピナ」はローマ神話のザクロは復活の象徴である。表の14も説明省略。詳細はウィキペディアの“ざくろ”、小林頼子著「花と果実の美術館」に記載
    • ポール・セザンヌの「ザクロと洋梨のあるショウガ壺」表の18、図⑱。
    • 工芸品の柘榴を模した瑪瑙製の工芸品、図⑯はいかにも中国らしい吉祥果を表している。

最後に示した写真はざくろの果樹園とグラナダの街路樹である。

 

以  上

ラ・ボエシの自発的隷従論について、鈴木直久

今朝(8月25日)の朝日新聞のオピニオン「長期政権のわけ」に西村 修教授の「自発的隷従が支える圧政」と題する発言が掲載されている。

同紙を購読する方は読まれたことだろうから、少し補足させていただこうと思う。

 

自発的隷従論は16世紀にフランスのラ・ボエシが唱えた。直訳すれば『意思の隷従』となるが、荒木昭太郎氏は『奴隷的隷従を排す』と訳されているという。

 

わたしはそのことよりもラ・ボエシ(1530-1563)という名前に少々驚いた。モンテーニュ(1553-1592)の『エセー』を読んで知った名前だからである。モンテーニュと彼はボルドーの高等法院時代の同僚であり無二の親友となった。ラ・ボエシは三つ年上であったが、ペスト?によって33歳で夭折してしまった。

彼については『エセー』(岩波文庫)第一巻の第二十八章「友情について」に紹介されており、五年前にも読んだ。

また三年前に読んだ、堀田善衛のモンテーニュの評伝『ミシェル城館の人』(集英社)第一巻にかなり詳しく紹介されている。

ZOOMでテレ会話

10月に大学の同窓会が企画されていましたが、コロナ禍で会食等が自粛の風潮の中、中止されました。過去、信州で行われた同窓会以来、約2年間同窓の諸君とは、関東、関西圏で行われているゴルフ、忘年会等の個別グループ毎の会合以外逢う機会がありません。

そこで、息子や娘、いや最近では孫達が行っているテレワークを利用して、テレ会話が出来ないかと思い模索していました。そこで、調査の結果、ZOOMというソフトが100人希望で40分なら無料で使用できるサービスを行っていることが判りました。そこで、急遽、皆さんにメールしたところ、山本雅、竹崎、矢田さんが応答くださり、私を含めて4名でテレ会話を行いました。

その後、生信さんが準備が出来ていること、宮口さんがWEBカメラの購入を検討していることが判りました。従って、近々、2回目のテレ会話を企画しています。

実は、私は、先回ではタブレットを使って行いましたがカメラが付いているとは言え、数年前の安物のタブレットだったのでカメラの精度が悪く、暗い画面でした。そこで、11年目の東芝製のパソコンに外付けのWEBカメラをアマゾンで探しました。中国製の2,000円程度の安物でしたが、アメリカの監視カメラの大部分が中国製で安全上問題だとトランプ大統領が騒ぎましたが、今や中国の技術は無視できないほど進んでいることが今回実感しました。

下の写真は、そのカメラです。右はタブレットです。次回は、このカメラでテレ会話を行います。

他の皆さんも、準備が出来れば、ご参加ください。私が招待のメールを送り、それに記載のホームページをオープンするだけで繋がるのです。

最近、家内の誕生日を、息子家族、娘家族と我々夫婦と3箇所を繋いで祝いました。今夜は、会社の同期と焼酎、ビール、ワインと各自好みの飲み物持参で、夕食後の会話を楽しむ会を企画しています。

 

ゲーテの「ファウスト」について、鈴木直久

わたしたちの年齢になると読書の対象に優先順位を付けざるをえない。特にページ数が多い本についてはそれが必須であると思う。

昨年7月にプルーストの「失われた時を求めて」を読み始めて、この4月に読了した。次にジョイスの「ユリシーズ」を読むつもりであったが、新型コロナウイルスの影響で市立図書館が休館したので借りることができなくなった。

 

そこで書棚の「ファウスト」を読むことにした。退職に際して本の大半を処分したが、ファウスト(高橋義孝訳新潮文庫、1968年発行)は残しておいたのである。(一)を読んだが(二)については途中で断念したままだったからである。

 

改めて(一)(第一部)から始めたが、(二)(第二部)に入ってやはり壁にぶつかってしまった。何が書かれているのかほとんど理解できないのである。第二幕は特にひどかった。それでもこれが最後の機会だと思って、活字を追うようにして一応読了した。クライマックスにおける有名なファウストのセリフ「とまれ、お前はいかにも美しい」は呆気なく、全く感動しなかった。

 

当然欲求不満が残った。

 

第一部は1806年に完成されたものであるのに対して、第二部は死の前年(1831年)に完成された。また、第一部は290ページであるのに対して、第二部は五幕構成で452ページもある。だから、「ファウスト」の核心は第二部にあるとされている。それがちんぷんかんぷんでは読んだことにならない。

 

それで新潮文庫の訳者の解説を読み直してみると、「第二部は、人間のさまざまな思念や欲望が絡みあって、いくつもの層をなしている立体的世界を貫いて上昇するところの、彼(ファウスト)の精神のひたすらなる登高を、それぞれの段階で、彼に作用する諸現象を客観的に描くことを通じて、表現しようとしている。従ってそれらの現象は、客観的事実であると同時に、あるいは比喩として、あるいは象徴として、主人公の精神の状況を写し出していることになる。」と書かれている。非常に抽象的な説明であり、ゲーテの思想がファウストの言動を通じて具体的にどのように表現されているか、それは成功したのか、あるいは詩劇としての魅力はどこにあるのかという、読者が最も知りたいことについて一切説明されない。

 

そこで岩波文庫(1958年)の解説を読んでみた。訳者の相良守峯は、第二部の構想のなかで次のように書いている。

「第二部は第一部ほど話の筋道が単純明瞭でない。否、この第二部の世界に足を踏み入れた読者は、さながら南国の植物が繁茂している中に錯綜する小道を辿る人のごとく、見通しのきかぬ迷路に踏み迷う心地がするであろう。」

わたしはまさにそのような心地がした。

 

さらに、「第一部を読んだ読者は必ずこの第二部をも読みとおさなければならない。第一部は断篇であって、これだけではゲーテが意図し、八十三歳にして完成したこの雄大な構想、もしくは彼が一生をかけて創造した有機的な「生」というものを究めずして終わることになるからである。ゲーテ自身第二部については「生涯の終わりにおいて、落ち着いた精神には、従前には考えられなかったような思想が現れてくる。」といって満足していた。」と書いている。

しかし、一生をかけて創造した有機的な「生」と従前には考えられなかったような思想がどのようなものであるかを訳者は具体的に説明しないし、わたしは理解できなかった。だからその「雄大な構想」も、「有機的な「生」も究めずして終わりそうである。

 

最も新しい集英社版(2000年)の訳者池内紀は、その解説のなかで次のように書いている。

「意味を解きあぐねているのは一般の読者だけではないようだ。ゲーテ学者達も又そうであって、夥しい『ファウスト』注解書は、第二部に至ると決まって原文以上に難解になり錯綜していく。」

これでは全く話にならない。意味を解きあぐねているのは池内さんも同じだと言いたくもなる。

 

文芸評論家の河上徹太郎は、1971年に発行された「西欧暮色」(河出書房新社)のなかの「ファウスト対ベートーヴェン」に次のように書いているという。

『一体この『第二部』とは何ものか? 怪力乱神の限りを尽くして倦むことがない。人間精神の限度、欲望の限りが完璧に描かれている。そこから連想して私は、これは文学のジャンルとしては、今日はやっている「漫画」の如きものじゃないかと思った』

精神の限度、欲望の限りが完璧に描かれているとわたしには思えないし、漫画のようなものだとは流石に言いすぎであろうが、硬骨漢の氏の感想であるから説得力を感じる。

 

「ファウスト」の文学作品としての最大の魅力は、むしろこの大規模な戯曲を韻文で表現したことにあるのだろうとわたしは推察しているが、残念ながらドイツ語だから全く手に負えない。

 

このような次第で、あまりにも有名な「ファウスト」の精髄が、少なくともわが国でほとんどまともに理解されていないようであることに気付いたので、敢えて一文をものしてみた。なんだ、そんなことをわざわざ書いたのかと思われた方には申し訳なく思う。

 

諸兄のなかに「ファウスト」を読まれた方がおられるなら、是非御所見をお伺いしたい。

癒しの音楽、シューベルトのピアノソナタ第13番を、鈴木直久

シューベルトのピアノソナタ第13番

 

新型コロナウイルスの流行によって滅入っている気分を、シューベルトのピアノ音楽で転換させてみてはいかがでしょうか。

 

すぐれているとされる後期のピアノソナタはとっつきにくいと感じて、長い間敬遠していましたが、あるふとしたきっかけで第13番の第一楽章を聞いてたちまち気に入り、それ以後の作品も聴くようになりました。

 

人気曲ですから多くの人の演奏を聴くことができますが、ここではリヒテルのそれをご紹介します。その演奏は重厚で格別味わい深いと思いますし、ライブ映像なので顔の表情と身体の動きを見ることができるからです。そのうえそのまま続けますと、日本でも人気のあるシフや他のピアニストの演奏を聴いて比較することができます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=g38yqhpS340

桜と雪

皆さん、昨日の春のような気候、桜満開のところから、今日は真冬の寒さ、また、短時間であったが雪が降り、地面がすこし白くなるほど積もりました。

私は、早速、スマホの動画に収めました。というわけで、ホームページに載せることにしました。皆さんも、写真をお持ちなら送付ください。本当なら、動画でなく、写真でシャッターを遅く、調整すれば、桜と雪が上手く撮れたのかと思いました。