2016年9月9日
ホッパーの作品「都会に近づく」について
鈴木直久
偶々この絵を思い出したところだったので、9月6日付三山君のメールに触発されて、これについて書いてみようと思いました。忘れられない絵の1枚です。
古い話で恐縮ですが、平成元年10月の米国出張でワシントンD.C.に滞在したとき、絵画愛好家のY駐在員がThe Phillips Collectionに案内してくれました。彼は2階(だったと思います)への階段の踊り場の壁に掛けられた1枚の絵にぼくの注意を促して、ホッパーが描いた有名な絵ですと紹介しました。ぼくはその画家を知らなかったし、何の変哲もない都会の一光景、単純な構図、褐色を基調として薄くむらなく塗られた画面であり、人の気配が全く感じられない殺風景で淋しい絵だな、という程度の印象しか持ちませんでした。しかし、その後記憶から消えることなく、度々思い出してきました。
その後エドワード・ホッパー (Edward Hopper)(1882–1967)は、米国を代表する現代具象絵画の画家の一人であることを知り、作品を何点も見る機会を持ちましたが、ぼくにとってホッパーといえばこの作品です。
ところで、本稿を書くにあたって画題を知らなかったのでネットで調べてみました。日本語では「都会に近づく」です。しかし、一寸しっくりしないので原題も調べますと、「Approaching a City」というまことに適切な表現です。「the city」ではなく「a city」であるのもいいですね。特定のではなく、どこでもよい、換言すれば普遍的な米国の都会を意味しています。
ネットで読んだある記事は、この絵は「都会に近づく列車が最後のトンネルに入ろうとする瞬間が、列車に乗り込んだ旅人の視点で描かれています。無機質な都会のビル、そして冷たいコンクリートの壁に囲まれたトンネルに吸い込まれていくのではないか、という田舎から出てきた旅人の不安と、少しの期待が織り交じる心象が、ところどころ淀んだ絶妙な色彩に反映されています」、と的確に説明しています。
画面構成については、一つの見方として、井上幸治という人がブログのなかでうまくまとめていますので、敬意を表して転載させていただきます。
「画面の上半分だけを見たら何の取り柄もない都会の風景が描かれているのだけれど、周到に視点の逃げ場が消されているので、視線は画面下半分に描かれているレールの線に導かれて、地下鉄の入り口に向かうことしか出来ない。しかしここではレールの先にあるはずの消失点がブラックボックス化されてしまっているので、本来なら線遠近法に導かれて消失点に向かうはずの視線が行き場を失い、仄暗い入り口の隣にある、画面中央の汚れた白い壁を眺めることしか出来ない」
色彩の配置について説明しますと、左下のトンネルの強い黒色に対して右上の2つのビルに濃い褐色と青色を配置して色彩のバランスを上手く確保しています。同様に下の黒い線路に対して、上方のビルの上に黒い2本の煙突が配置されています。
ぼくのような素人に理解できるのはこの程度までですが、画家が構図と色調について周到な工夫を凝らしていることが察しられます。
では、この絵が何故人を引き付けるのでしょうか。それを書かなければ書く意味がないし、また読んでいただく皆さんにも失礼でしょう。
一言でいえば、そこに感じられる現代社会の孤独感であると思います。彼の作品に共通するのは、単純な構図、明暗の強調および深い静寂などですが、それらが独特の孤独な雰囲気を醸し出しています。また、この作品の場合には、乗客が眺めている光景であるにもかかわらず、人の気配も、車両の音と振動も全く感じられません。さらに、抜ければ別の自然の風景が現れる山のトンネルではなく、都会の地下へのそれが大きく口を開けているので、その闇の中に吸い込まれるという不安あるいは薄気味悪さが感じられるでしょう。その先にあるのは、都会の孤独です。トンネルに入ることに期待感を持つ人もいるでしょうが、ホッパーはもちろん彼らには属しません。
ぼくは孤独な雰囲気のことを強調しすぎるのかもしれません。画面を主導する褐色系の色調は暖かな雰囲気も併せて感じさせます。何とも不思議な絵です。
ホッパーが描いたのは現代米国社会の孤独です(本作品は1946年に描かれました)が、彼の作品がぼくたち日本人の心にも響くのは、その孤独が国を越えた普遍性を持つからにちがいありません。
以上
管理者より
三山さんから投稿があれば、同窓の皆さんにメールで連絡できないかと提案がありました。投稿のアップロードとメール送付も行う2重業務を一回でできないかと自動プラグラムを模索中です。 (前田 記)
私はホッパーとその絵のことを全く知りませんでした。
紹介していただいた絵は、鈴木さんの解説の通り良い絵ですね。
目線がトンネルに引き込まれる構図や色彩など見事ですが、色々なことが想像できる絵であるところが素晴らしいと思いました。
7日から本日までの1週間私が属している木版画サークルの版画展を開催していますが、版画も絵画の一種ですので、講師の先生はその作品を見て想像力を膨らませることができるのは良い絵であるとよく言っています。
また新しい知識が増えました。この作家のほかの作品も見たくなりました。紹介有り難うございました。
ちなみにこの作品のサイズは?大きい作品それとも小さい作品?
サイズまで記していただくとベターだったかなと思っています。
2016年9月13日 宮口記