名工大 D38 同窓会

名工大 D38 同窓会のホームページは、卒業後50年目の同窓会を記念して作成しました。

 管理者     
前田・宮口・三山

ダンスロボットで世界に挑む

皆さん、お元気ですか。三山さんから下記の投稿がありました。私を含めて千葉県在住の皆さんは読んだことがあるかも知れません。私も、読んではいたが、「ああ、最近は、若い人たちがすごいな。」程度でしたが、今日、もう一度新聞を出して読んでみて、部長三山とあったので三山さんのお孫さんと気づきました。三山さんからはJPGの写真ファイルでしたが、スマホかタブレット以外は文字拡大が出来ないのでPDFファイルも添付しました。

世界大会の様子はまた投稿をお願いします。

(管理人 前田)

孫が、ロボカップジュニアジャパン2017全国大会で優勝したことは前にD38HPにご記載いただいた通りですが、現在孫は7月27~30日開催の世界大会に向けロボットの改善・改良と英語でのプレゼンテーション練習で毎日忙しい日々を送っています。

その活躍ぶりについて、朝日新聞2017年6月30日千葉東葛版に添付資料の記事が記載されました。誠に恐縮ですが、同記事をD38HPにアップして頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします。

(2017/07/02    三山記)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東海道五十三次、徒歩で完走ーご報告(その3)---三山

4月17日(月) 午前:曇り、午後:雨

月輪池の一里塚~10.1km~大津宿~10.7km~京三条大橋

6:50アーバンホテル草津出発、JR草津駅より電車で瀬田駅へ、瀬田駅前で簡単な準備体操後7:35出発、7:40月輪池の一里塚で東海道に入る。西南に進んでいくと瀬田川の支流、高瀬川沿いの檜山神社境内の桜(写真38)も見ごろである。さらに進むと街道は西南から西方向に替わり、瀬田唐橋(写真39)に至る。ここの桜は散ってしまっており、1kmも離れていない檜山神社境内の桜に比べ不思議である。瀬田唐橋を過ぎると街道は北方向に替わり、右手に瀬田川、次に琵琶湖(写真40)を見ながらの歩きになる。途中、鳥居川の一里塚跡を通過するが、見逃した。街道は膳所響忍寺からまた西方向となり、膳所城北総門跡(写真41)を過ぎて、9:40義仲寺(写真42)に到着。ここで休憩を兼ねて内部を見学した(有料)。義仲寺は木曽義仲の墓(写真43)があり、芭蕉の墓、句碑もある。芭蕉は自らの遺言により敬愛した義仲を祀る義仲寺に葬られた。義仲寺見学中、大学の同級生、鈴木直久君に電話した。20~30分後に大津宿に着くと。彼は大津宿街道筋のマンションに居を構えており、昨晩できればお会いしたいと申し入れ、彼の快諾を得ていた。

9:45義仲寺出発。北に向け歩くと、まもなく大津宿に入る。

下記は写真38から写真43です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大津宿】

東海道53番目、最後の宿場。琵琶湖の湖上交通や陸路の要衝であり近江商人の町として栄えた。宿場数は街道一といわれ、宿場規模も広大であった。
町並:東西16町51間、南北36町19間 家数:3650軒(本陣2、脇本陣1、旅籠71) 人数:14892人(男7306、女7586)

10:05街道上で鈴木君ご夫妻と再会する。ご夫人とは49年ぶりの再会である。ご夫妻は、49年前小生の結婚式出席のため高松まで来てくれた。まず感謝の挨拶をし、よもやま話をし、彼のマンションを背景に鈴木君と小生の写真(写真44)、ご夫妻の写真(写真45)を撮る。
10:20出発。鈴木君が大津宿を同行して道案内してくれるという。二人でしばらく西に向け歩くと、「露国皇太子遭難之地」碑(写真46)がある。明治24年訪日中のロシア皇太子を斬りつけた事件の現場である。大津宿街並み(写真47)を見ながら進み、札ノ辻(高札場跡)で左折し南方向に転回する。建物は残っていないが本陣跡の標識(写真48)がある。旧逢坂山隧道(旧東海道本線トンネル)が右に見える所で、東海道は国道1号線と合流する。ここで鈴木君と別れる。鈴木君、詳しい案内ありがとう。

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び一人になって国道1号線を南に向け歩く。ほどなく右手に逢坂山関所跡の碑(写真49)が見える所で、道は大きく曲折し西方向に向かう。国道1号線を2km程歩いた所で旧道に移り、旧道をひたすら西に進む。
11:50京阪四宮駅近くのコンビニで幕の内弁当とビールで昼食。この頃から雨が降り出す。昼食後、上下の雨具を着る。
12:25雨の中、コンビニを出発。旧道を西へ進む。1.5km程歩き、東海道本線のガード下を通って左側の道を進む。この旧道は急に狭くなっており、この狭い道が続く。やがて山に向かってのきつい坂道となり、雨の中、苦しみながら歩く。
13:30日ノ岡峠着。ここで小休止。水分補給。
13:35日ノ岡峠出発。京三条大橋までもうすぐだ。最後の歩きとなる。日ノ岡峠から細い下り道を歩いていくと、やがて府道143号線と合流し太い下り道となり、京三条大橋へと心が急ぐ。坂を下って東海道は左にカーブする。南禅寺境内の木々が見える。都ホテル(写真50)の前を通り、坂本龍馬お龍結婚式場跡(写真51)を過ぎるとまもなく三条大橋だ。三条大橋沿いの高山彦九郎正之像(写真52)が見える。
14:25京三条大橋到着。遂にやりました。一人で静かに喜びをかみしめる。通行人に写真を撮ってもらう。大橋の東側(写真53)と西側(写真54)で。
その後、三条大橋から阪急河原町まで歩き、阪急で大阪市内に向かう。大阪市内のレストランで、姉夫妻、妹夫妻と合流し、ごちそうになる。その後、新大阪から新幹線で東京経由新松戸自宅に帰着したのは、23:30であった。

(本日の行程:6時間50分、万歩計:42460、歩行距離※:32.5km)
(※:万歩計の計測値、宿から出発点まで、終点から阪急河原町まで、阪急河原町~大阪市内レストラン~大阪駅~新大阪~東京駅~新松戸駅~自宅までの全ての歩数を含む)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東海道五十三次、徒歩で完走ーご報告(その2)---三山

「その1」に比べて写真の配置が2列にできました。この差が原因不明です。    管理人

4月16日(日) 快晴

水口宿~14.4km~石部宿~10.4km~草津宿~5.0km~月輪池の一里塚

7:30簡単な準備体操後、あや乃旅館を出発、水口石橋で東海道に入る。街道筋の桜も満開(写真21)である。まもなく水口一里塚(113里目:写真22)を経過、その後は北脇縄手というまっすぐな道(写真23)が2~3km続くと、泉の水口一里塚(114里目:写真24)である。

9:25街道とJR草津線との三雲踏切近くで休憩。

9:40出発、西北に進むと、大沙川トンネル(写真25)を抜ける。このトンネル上は川が流れており、完全な天井川である。さらに進むと夏見の一里塚(115里目:写真26)を経て、石部宿に入る(写真27)。
 

下記は写真21から写真27です。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【石部宿】

 

東海道51番目の宿場、京都から東へ下る旅人の多くが最初に泊まる宿場である。

町並:東西15町3間 家数:458軒(本陣2、脇本陣0、旅籠32) 人数:1606人(男808、女798)

 

10:50石部宿高札場跡(写真28)で休憩。今朝あや乃旅館でもらった握り飯を食う。

11:10出発、まもなく石部の一里塚(116里目:写真撮り忘れる)を経過、石部宿を出る。石部宿を出てまもなく、上道と下道に分かれているが小生の使っているガイドブックと違った道路になっており、道に迷ってしまった。ガイドブックは街道筋の道標について詳しい説明があるが、街道筋から離れると全く役に立たない。問い合せる人も民家もなく、走っている車を止め運転手に道を聞くが、東海道旧道など知っているものはなかなかいない。それでもやっと何台目かの運転手に旧道への道を教えてもらい、旧道に戻った。1時間近くロスした。西へ進む。

12:40長徳寺薬師如来堂前で休憩。非常食を摂る。

13:00出発、草津宿を目指し西方へ進む。六地蔵の一里塚(117里目:写真29)を経過、さらに西に進むと足利義尚の碑(写真30)がある。義尚が足利幕府の再興を図り着陣したがこの地で病没した。さらに西に進み、目川の一里塚(118里目:写真31)を経過、そして草津宿に入る。
 

下記は写真28から写真31です。

 

 

 

 

 

 

 

 

【草津宿】
 

東海道52番目の宿場、東海道と中山道が合流・分岐する交通の要衝として栄えた宿場町である。宿場の歴史は古く、鎌倉時代から交通の要として重要視され、信長・家康の政策により宿場機能が整備された。

町並:東西4町38間、南北7町15間半 家数:586軒(本陣2、脇本陣2、旅籠72) 人数:2351人(男1172、女1179)

 

15:00草津宿入口、追分道標(写真32)に到着。この道標には「右東海道いせ道 左中仙道美のぢ」と刻まれている。ここは三叉路になっており、江戸から来たものは左(南)に曲がれば京へ、右(北)に曲がれば中山道に向かうことになる。この三叉路を左に曲がるとすぐ田中本陣である。田中本陣(写真33)の遺構は立派に残され公開されているが、今回は道に迷い予定が大幅に遅れていること、また前に内覧したこともあることから入場は割愛した。草津宿の街道(写真34)はやや昔日の面影を残すが、こじんまりとした商店街で人通りも多い。草津宿では休憩もなく出発、まもなく野路の一里塚(119里目:写真35)を経過、さらに西南に歩く。

15:45萩の玉水跡(写真36)で休憩。ここは今でも清水が湧いており、昔は旅人の喉を潤したという。

15:55萩の玉水跡を出発、旧道をひたすら西南に向け歩き進むと、16:30月輪池の一里塚(120里目:写真37)に到着。今日の街道歩きはここまでとし、近くのJR瀬田駅に行き、電車で草津に戻り、17:10当日宿泊のアーバンホテル草津に到着。

(本日の行程:9時間、万歩計:50780、歩行距離※:41.1km)

(※:万歩計の計測値、宿から出発点まで、終点から宿まで、道に迷った場合等の全ての歩数を含む)

下記は写真32から写真37です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東海道五十三次、徒歩で完走ーご報告(その1)---三山

三山さんが、標記の通り東海道五十三次の徒歩を行っていたことが過去にこのブログで報告していましたが、その偉業を完走したので投稿がありました。写真が54枚もあるので、3回に分けてアップロードします。写真の番号は、原稿に1枚ごとに記載がなかったので写真の撮影番号順に管理人が付けました。後日訂正があるかも知れません。写真をクリックすると拡大されます。 写真に数字(①から⑨、10から20等)を入れました。
                                                                                                                                                                   管理人 前田

ついにやり遂げました。

4月17日午後2時25分雨の中、京都・三条大橋に到着し、東海道53次江戸・日本橋から京・三条大橋まで完歩しました。

 2年前の3月江戸・日本橋から始めた1か月1回のペースの東海道53次歩きは、今年4月15~17日が最後の歩行の旅となった。この3日間の歩行を下記に記録する。

4月15日(土) 曇り、午後時々雨

坂下宿~9.9km~土山宿~11.5km~水口宿

前回引き返した坂下宿に向かう。

自宅(千葉県松戸市)4:30出発、東海道新幹線一番列車品川発6:00に乗車、名古屋で関西本線に乗り換え、三重県亀山を経て関に9:14着。関駅よりタクシーにて坂下宿に向かう、坂下宿9:30着。坂下宿公民館の満開の桜が迎えてくれた(写真1)。

9:40  簡単な準備体操の後、歩き始める。前回写真撮りした松屋本陣跡、梅屋本陣跡をみながら、東海道歩きの難所の一つ、鈴鹿峠へ登っていく。片山神社から山道(写真2)になり、山道が続く(写真3)。鈴鹿峠近くに芭蕉の句碑「ほっしんの 初に越ゆる 鈴鹿山」(写真4)がある。

写真1 から 写真4です。


 

 

 

 

 

 
10:10頃、鈴鹿峠(伊勢の国と近江の国の境界線)を通過 (写真5)、下り道になる。思っていたより楽であった。しばらく山道を歩いた後、国道1号線に合流、1号線を西に歩く。山中碑(鈴鹿峠を守護した山中氏の記念碑(写真6)から東海道旧道に入り、山中一里塚跡(日本橋より109里目 (写真7)を通過。蟹坂古戦場(写真8)経て、土山宿に入り、高札所跡(写真9)を通過する。

 
写真5 から  写真9 です。 



 

    • 【土山宿】
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    • 東海道49番目の宿場、西に向かう旅人が鈴鹿峠を越えて最初に入る宿場で、雨が多いところである。町並:東西22町55間 家数:351軒(本陣2、脇本陣1、旅籠44) 人数:1505人(男760、女745)
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    • 12:00道の駅「あいの土山」で食事休憩。天丼セットを食う。雨が降り出したので、上下の雨具を着る。
      12:30出発、雨の中、土山宿の旧道を歩く。土山一里塚跡(110里目:写真10)を経て、土山宿の街並み(写真11)を見ながら、脇本陣跡、本陣跡(写真12)をゆっくり歩く。大黒屋本陣跡、問屋場跡(写真13)を過ぎると土山宿も終わり、次の水口宿を目指してひたすら旧道を歩く。市場の一里塚跡(111里目:写真14)を通過、
      14:20土山町大野のバス停で休憩。雨が止み、好天になったので雨具を仕舞う。
      14:40出発、旧道をひたすら西に進む。今郷の一里塚跡(112里目:写真15)を通過、さらに西へ、次の水口宿に向かう。
      15:50冠木門のある水口宿東見付跡(写真16)に到着し、水口宿に入った。

 

  • 写真10 から  写真16 です。
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    • 【水口宿】
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    • 東海道50番目の宿場。江戸時代加藤氏の城下町として整備され、宿場内は珍しい「三筋の通り」が作られた。町並:東西22町6間 家数:692軒(本陣1、脇本陣1、旅籠41) 人数:2692人(男1314、女1378)
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    • 水口宿脇本陣跡(写真17)、街並み(写真18)、本陣跡(写真19)を見ながら、三筋の通り(写真20)に入る。その中央の通りを西に進む。16:25水口石橋に到着。ここから東海道を離れ、当日宿泊のあや乃旅館(滋賀県甲賀市水口町)に16:30到着。
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    • (本日の行程:6時間50分、万歩計:38203、歩行距離※:29.8km)
      (※:万歩計の計測値、家から出発点まで、終点から宿まで、道に迷った場合等の全ての歩数を含む)

 

  • 写真 17 から 写真20 です。
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今年は優勝、ロボカップジュニアジャパン2017全国大会

「孫、ロボカップジュニアジャパン2017全国大会(岐阜・中津川)に参加、

オンステージ(旧称ダンス)部門で念願の優勝、世界大会参加を決める」

小生の孫がリーダーの千葉県松戸市立小金中学1年生グループが表題の2016全国大会(2016年3月25~27日開催)で4位入賞したことを昨年9月、D38ホームページに記載しました。

昨年4月、孫は上記と同じメンバー6人で2年生グループを結成、2017全国大会を目指して「オンステージ部門ロボコンつくり」に努力してきました。同グループは昨年11月千葉県大会で優勝、12月関東地区大会(東京)で同じく優勝、そして今年3月25~26日岐阜県中津川市で開催された2017全国大会で見事優勝しました。優勝グループは本年7月開催の世界大会(名古屋)に参加することになっています。

全国大会でのプレゼンテーションの様子の動画を添付する。動画の中で、6人のメンバーのうち先頭で舞台に出てきた長身の中学生が我が孫である。

孫は、またまた7月開催の世界大会に向けて、ロボコンの改善・改良作業に励むことになった。科学部長として、今年新入学生を含めると40人を超えると予想される科学部員の指導もあり、孫はますます忙しくなる。来年の高校受験に悪い影響を与えなければよいが。(2017.4.3記 三山雅敏)

管理人 コメント

動画はMP4 ファイルです。Windows Media Player で閲覧できます。動画中に[Zig-cord]、[Uni-cord]と出てきますが、専門用語で、三山さんから預かったものには、前半で説明がありますが省略しました。

 

中学生が作ったロボット、日本人形が踊る

「孫、ロボカップジャパン2016全国大会(愛知)に参加、

ジュニア・ダンスチャレンジ部門で4位入賞」

 

小生には、自慢の孫がいる。現在、中学2年生男子で同居している。彼は成績優秀で、素直で、誠に可愛い。最近はかなり大人びてきたが。

彼は近くのK中学校に入学、同時に科学部に参加、それ以後毎日、時には土日を含め、クラブ活動「ロボコンつくり」で夕方遅く、帰ってくる。

彼をリーダーとするK中学1年生チーム(9名で編成)は、ロボカップジャパン大会ジュニア・ダンスチャレンジ部門に参加、昨年末千葉県大会で優勝、今年初め関東地区大会(東京)で準優勝、そして、3月25日~27日に愛知工業大学で開催された全国大会で見事4位入賞した。その際の動画を添付する。動画の中で、中心にいてマイクを持ち挨拶しているひょろ高い中学生が我が孫である。後半部分で、審査委員からの質問に答えている。

本大会はトヨタが共催し、権威あるロボコン大会である。一昨年、母校名古屋工業大学が優勝したNHK主催のロボコン大会の参加が、大学に限定されているのに対し、本大会は、小学校、中学校、高校、大学校、一般のチームも参加できる。

もし、本大会で優勝、或いは準優勝となれば、ドイツでの世界大会に参加できることになっていた。

本大会の後日談であるが、K中学校内でも4位入賞が大いに評判になった。科学部が人気クラブとなった。孫が1年生の時、科学部に入部したのは上記9名であったが、今年1年生は全体が200名強のうち29名もが科学部に入部した。夏休み前には、3年生は受験勉強に専念するため科学部を全員退部、今年2年生の孫が科学部の部長になった。総勢38人のリーダーである。夏休みも盆休みを除き、毎日学校に出、1年生の指導と来年のロボカップジャパン大会参加に向け、ロボコンつくりに励んでいる。9月新学期を迎え、学業に加え、ロボコンつくりも本格化し、孫はますます忙しくなる。(2016.9.1記 三山雅敏)

下記はWindows版です。

イントロダクション(準備と紹介)(注:最大アップロード容量 20MBの為、画質を落としています。)

日本舞踊

 

 

審査員の質問

下記はAndroid版です。

イントロダクション(準備と紹介)(注:最大アップロード容量 20MBの為、画質を落としています。)

日本舞踊

審査員の質問

ごきそサロンのご案内

D38の皆様へ

東京ごきそサロンでは、6月10日(水)18時より八重洲倶楽部にて、

川口 武行氏(D44卒、

現 東京工業大学特任教授・ナノファイバー学会副会長)による「生物に学ぶ驚異のナノテク-
現代生活に役立つ生物機能の事例紹介とその応用の現状ー」のご講演を開催いたします。

詳細は添付資料の通りです。

ご興味のある方は、小生宛ご連絡ください。 (三山 記)

 

第55回ごきそサロン

お遍路日記(抜粋)

私は、四国香川県(讃岐)の出身であることから小さいころから白装束のお遍路さんを見て育ち、60才を過ぎて時間的に余裕が出てき、また歩くことが大好きな性格もあって、お遍路参りを歩いて回ってみようという気になった。歩きお遍路のガイドブックを取り揃え、また弘法大師に関する書物を勉強し、歩きお遍路88か寺、1200キロメートルを5回に分けて巡行してみようとなった。第1回は平成14年11月2日出発、小生62才の時であった。当時、時間的に余裕ができたとはいえまだ毎日出勤の職を持っていたので、11月初旬の土曜日出発、次週の日曜日帰宅の9日間の旅程で計画した。1番札所霊山寺から23番薬王寺まで巡行した。同様にあと4回の巡行で88か寺を歩いて、平成20年11月8日、88番札所大窪寺を礼拝、結願した。この日記は平成14年から20年に至る5回のお遍路巡行の最終日の感想を纏めたものです。

第1回巡行:平成14年11月4日~11月10日 発心の道場「1番霊山寺~23番薬王寺」

第2回巡行:平成15年11月1日~11月8日 修行の道場「24番最御崎寺~37番岩本寺」

第3回巡行:平成16年10月30日~11月5日 修行の道場「38番金剛福寺~39番延光寺」、菩提の道場「40番観自在寺~43番明石寺」

第4回巡行:平成17年10月29日~11月5日 菩提の道場「44番大宝寺~64番前神寺」

第5回巡行:平成20年11月1日~11月8日 菩提の道場「65番三角寺」、涅槃の道場「66番雲辺寺~88番大窪寺」

このブログは、前半はお遍路地図やお遍路での服装および各お寺の本堂、太子堂で必ず唱える般若心経全文と現代訳を、後半は各巡行最終日の感想文を9ページに纏めました。量は多いので、暇に任せて読んでいただければありがたいです。ただ、プログラムのアップロード制限が2MBなので、いくつかに分割してあります。

目次およびお遍路地図  miyama_shikoku_1

服装と般若心経     miyama_shikoku_2

感想文:第1回巡行と第5回巡行  お遍路日記

 

ぼけないで、元気で、楽しく年をとるには・・・・・・・・・・

日本の長寿化と高齢化は世界に類を見ないスピードで進展しています。我々もその中で、エイジフリーを目指して「ぼけないで、元気で、楽しく年をとりましょう。」これに関し、最近、面白いお話を2~3見聞しましたので紹介したいと思います。

1、まず、文芸春秋10月号から。作家の半藤一利さんと医学博士の小倉正久さんの対談。両氏は新潟県立長岡中学の同期生でお二人とも83才、3年前の80才同期会で小倉医師が披瀝された「私のアンチエイジング10か条」について面白おかしく対談したものです「私のアンチエイジング10か条」

第1条 好きなもの、旬なものをおいしく食べよう。
第2条 恋も趣味も生きていればこそ。ときめくチャンスを逃さずに。
第3条 医者に余命を聞くのはやめましょう。
第4条 「年のせい」という言い訳を封印、明るい言葉を口癖に。
第5条 「やってもらう」のをやめ、自分で動きましょう。
第6条 散歩だけでなく、目的をもって運動しましょう。
第7条 社交ダンスは最適。「元気すぎる」といわれましょう。
第8条 階段は手すりを持って。席を譲られても電車の中では努めて立とう。
第9条 若い女性を見たら、裸を想像しよう。
第10条  香典や会葬は不要。最後まで生きるから。

2、次は友人から聞いた話。原典は朝日新聞の天声人語からのようです。

「年をとれば、教育と教養が必要だ。教育とは今日行くところがあること、教養とは今日用事があること。

3、もう一つは別の友人(81才)からの話。

「ぼけないで、元気で、楽しく年をとる」には

①身体を鍛えること(体操、運動など)、

②頭を鍛えること(趣味、学習など)、

③バランスの良い食事をとることが必要である。それではバランスの良い食事はどんな食材を使ったらよいか、覚えやすい方法を伝授する。ぜひ奥方に伝えよとのことでした。その覚えやすい方法とは、「まごはやさしいよ」。これは食材の頭文字で、この食材をバランスよく摂れば良いそうです。我が家でも実施しています。

ま:まめ(豆類)

ご:ごま

は:「は」ではなく発音からとって「わ」 わかめ(海藻類)

や:やさい(野菜)

さ:さかな(魚類)

し:しいたけ(きのこ類)

い:いも(根菜類)

よ:ヨーグルト(納豆等発酵食品含む)

平成25年10月8日               三山雅敏

D45卒春田首都大学教授が2012ノーベル賞候補に

我々の後輩、D45年卒の首都大学教授、春田正毅氏がアメリカの権威ある調査機関により2012年度ノーベル化学賞候補(金触媒による化学合成新技術の開発)に挙げられましたが、惜しくも同年度ノーベル賞を取ることはできませんでした。2013年度に授与されますこと、切に希望しています。
春田正毅氏は昭和45年3月名工大工業化学学科を卒業後、京大大学院博士課程を修了、昭和51年通産省工業技術院、大阪工業技術試験所に入所、主として触媒化学の研究を行った。平成8年より約10年間は大阪大学教授を併任、平成18年首都大学教授に移り、現在に至っています。
ノーベル賞の対象は金の超微粒子触媒を使った化学合成技術の開発です。有毒な一酸化炭素や有害なホルムアルデヒドの常温酸素酸化技術はその一つで、空気浄化に実用化されています。その他、多くの製品が金触媒化学合成技術により生まれています。

今年11月9日(土)名古屋工業会東京支部では支部総会の開催に合わせ、春田教授の特別講演

会開催を計画しています。多くの方のご参加を希望いたします。

名古屋工業会東京支部総会・特別講演会開催の要領

日時・平成25年度11月9日(土)

開場      14:00

支部総会    14:30~15:00

特別講演会   15:00~16:00

「現代の錬金術:金のナノテクノロジー」 春田正毅教授

懇親会     16:30~18:30

平成25年8月22日 三山雅敏(文責)