名工大 D38 同窓会

名工大 D38 同窓会のホームページは、卒業後50年目の同窓会を記念して作成しました。

 管理者     
前田・宮口・三山
ギムレットの思い出、鈴木直久、2019年9月29日

ギムレットの思い出、鈴木直久、2019年9月29日

9月28日付朝日新聞土曜版のコラム「作家の口福」に、真山 仁が「ギムレットには早すぎる」という短文を書いている。「高校時代にレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』に夢中になった影響で、大人になったら、絶対に飲むぞと心に決めていたカクテルがある。ギムレットだ。」と書き始められている。

彼のことはこの文章以外知らないが、ギムレットは懐かしいので、そのささやかな思い出を書いてみたい。

 

ギムレットは、レイモンド・チャンドラーが、その代表作『長いお別れ(The Long Goodbye 1953年)』に登場させて有名になったカクテルである。ベースは、ジン、ライムジュースおよびシロップ。

 

その小説はロサンジェルスに住む私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とするハードボイルドで、登場するテリー・レノックスがこのカクテルを好み、二人が一緒に酒を飲むときには必ずこれも飲んでいた。ところがテリーはある殺人事件に巻き込まれた挙句に自殺してしまう。

しかし、実際には生きており、マーロウが懐かしいテリーは、ほとぼりが冷めたころ密かに会いにきた。そのときにテリーが発するセリフが、「ギムレットには早すぎるね(I suppose it’s a bit too early for a gimlet,” he said)」(清水俊二訳)で、名セリフとして有名になった。

 

セリフの表向きの意味は、会ったのが昼間だったから、酒を飲むには早すぎる、ということだが、ギムレットは以前の二人の親密な付き合いを象徴しているから、以前のような親密な間柄に戻りたいというのがテリーの真意だった。しかし、事件の経緯に疑問を感じていたマーロウは誘いを断り二人は別れた。それが結末である。

 

ところで小説の舞台がカクテルの本場である米国の、西海岸の南部であるにもかかわらず、英国生まれのギムレットが用いられたのは、単に意外性を狙ったわけではなく、レノックスも、作者のチャンドラーも英国出身だからだと思う。

 

また、書名の“The Long Goodbye”であるが、作者は”Goodbye”を、また会うことを前提にした言葉として用いており、それが”Long”であり、しかも定冠詞”The”が付けられているから、上記二人の再会までの期間が長かったことを意味していると思う。

 

1976年に発行された清水俊二訳の早川ミステリ文庫で初めてこの小説を読んだ。

そして2年後に偶々出張したウィスコンシン州の郡部のレストランで昼食をしたとき、メニューにギムレットがあったので飲んでみた。しかし、特別に感激せず、それを有名にしたのは、専らその名セリフだったのだろうと思った。

真山さんはギムレットを飲み続けたが、わたしはその一回だけである。日本酒を好むわたしはカクテルに親しまず、偶に機会があると、同じジンベースでもマティーニを飲むことにしている。

 

後日譚

 

その後20年を経て1996年ボストンに出張したとき、MITのキャンパスを見物したが、そこの売店にこの小説のペーパーバックがあったので買って、帰国後清水俊二訳を参考にしながら読了した。

 

この小説は村上春樹の若いときからの愛読書で、彼も翻訳して、2007年に同じ早川書房から『ロング・グッドバイ』という書名で出版されたので、やはり買って読んだ。例のセリフは、「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」(下線は筆者)と訳されている。

映画の字幕の吹き替えが本業だった清水より丁寧に翻訳しているように感じられたが、清水の訳は古いとはいえ日本語としてのテンポとリズムがよく、両者の翻訳には読者の好みが分かれるようである。

 

« »

コメント

  • 宮口 守弘 より:

    鈴木直久さん

    今回も興味深く、楽しく拝読しました。朝日新聞のコラムは見落としたのか、関西と関東では紙面が異なっているのか、読んでいません。
    文学に対する鈴木さんの造詣の深さには何時も感心します。
    投稿の内容も非常に読みやすいです。文学少年だった影響でしょうか?
    この6月にD38関東地区の飲み会で鈴木さんの文学や音楽への知識の深さについて話題になりました。
                2019年9月30日 宮口 守弘記