先の忘年会で、投稿を依頼した山本雅さんと竹崎さんの原稿が届く前に、先般、出身会社の退職者で組織する懇親会の会報に在職中(約35年前)の思い出ある業務について一筆投稿することを依頼されたものが最近発行されたので転載します。(前田和男)
先の忘年会で、投稿を依頼した山本雅さんと竹崎さんの原稿が届く前に、先般、出身会社の退職者で組織する懇親会の会報に在職中(約35年前)の思い出ある業務について一筆投稿することを依頼されたものが最近発行されたので転載します。(前田和男)
前田さん
貴重な体験のレポートを興味深く拝読しました。
44,45歳の頃、一番何事にも前向きに挑戦できた時期でもあり、日本の海外での活躍が評価された時期で前田さんのご苦労と努力の成果が色々な形で今も活かされていると思います。当時の頑張りに感心します。
後輩にとのことですが、国外での活動に関し汎用的な考え方の一つの様に思います。
2018.12.13 宮口記
宮口さん
コメントありがとうございました。今から見たら若かったから頑張れたでしょう。当時のタイは、食事は屋台、チャーハンや焼きそば類が多かったですが、飛んできたハエが熱気で死んで、チャーハンや焼きそばに混じっており、箸で、一個ずつ取り出して食べていたことを、家で話すと家内や子供たちが、そんな死骸が入ったものをよく食べたね。不衛生、不衛生と理解できないようでした。
前田和男